【「ノウアスフィアの開墾」研究シリーズ】002…オープンソースの土地争いのルールは中世から変わらない

こんにちは。大広の梅田です。

今回は具体的に、「ロックの所有論」と「ハッカーによるオープンソース・プロジェクトの所有権」との類似性についてまとめてみます。

土地、それが「実際の土地」であれ「仮想の知的空間」であれ、所有権(前者であれば土地の所有権であり、後者であれば知的空間を開墾するプロジェクトのリーダー権、ソフトウェア領域で噛み砕くと「変更したバージョンを公式に再配布する独占的な権利をコミュニティ全般から認められている」状態)を獲得するためには、3つの方法があります。

 

1. 未開の地に踏み込む。

※「ロックの所有論」

未開の地(フロンティア)には、これまで所有者のいなかった土地がある。そこでは人は、開墾(homesteading)することで所有権を獲得できる。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 5 ロックと土地所有権 より)

※「ハッカーによるオープンソース・プロジェクトの所有権」

第一の方法はいちばん自明だろうけれど、プロジェクトを創始することだ。プロジェクトの開始以来、管理者が一人しかいなくて、その管理者が活動を続けているなら、ハッカー慣習はそのプロジェクトをだれが所有しているのかについて疑問視することすら許さない。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 4 所有権とオープンソース より)

2. 土地を引き継ぐ。(引き継ぎ状況は閲覧可)

※「ロックの所有論」

入植済みの地域での土地移譲は、ふつうは土地所有権の移転によって行われる。これはつまり、前の所有者から証書を受け取ることだ。この理論に基づけば、所有権の連鎖という概念が重要になる。所有権の証明として理想的なのは、証書とその移転の連鎖が、その土地のそもそもの開墾時点にまでさかのぼれることだ。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 5 ロックと土地所有権 より)

※「ハッカーによるオープンソース・プロジェクトの所有権」

プロジェクトの所有権を獲得する第二の方法は、前の所有者からそれを引き継ぐことだ(いわゆる「バトンタッチ」)。プロジェクトの所有者は開発や保守作業に必要な時間を割けなかったり割く気がなかったりするときには、有能な後継者にプロジェクトを引き継ぐ義務がある。これはこのコミュニティではよく理解されている。(中略)プロジェクトの配布パッケージの中に変更履歴を含めておいて、そこで所有者の変化を明記しておけばふつうは十分だ。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 4 所有権とオープンソース より)

3. 所有放棄された土地の所有を宣言する。

※「ロックの所有論」

最後に、慣習法理論は土地の所有権が失われたり放棄されたりすることがあるのを認識している(たとえば所有者が相続人なしに死んだり、空き地に対する所有権の連鎖を確立するための記録が失われていたりする場合)。このようにして遺棄された土地は、占拠によって所有権の主張を行える

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 5 ロックと土地所有権 より)

※「ハッカーによるオープンソース・プロジェクトの所有権」

所有権を獲得する第三の方法は、そのソフトに作業が必要だとみてとって、しかももとの所有者が消えたか興味を失ったかしたときだ。もしこれをやるなら、所有者を見つけようとするのがきみの責任だ。それがうまくいかなければ、しかるべき関係した場所(たとえばそのアプリケーション分野専門のUsenetニュースグループなんか)でそのプロジェクトがどうも放棄されたらしくて、だから引き継ごうと思うんだけど、と宣言することになる。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 4 所有権とオープンソース より)

 

さて、この3つの方法ですが、ポイントは、この方法自体というよりはむしろこの方法が成り立つ条件にあります。それは、

「中央集権的な強制力を発揮する権威が存在しない」

ということです。

この理論はハッカーの慣習と同じように、中央権力が弱いか存在しないような場面で有機的に発達してきた。それは千年以上もかけて、ノルウェイやドイツの部族法から発展してきたものだ。それを近代の初期に体系化して合理化したのがイギリスの政治哲学者ジョン・ロックだったので、これはよく所有物の「ロック」理論と呼ばれる。

論理的によく似た理論は、ある物件が経済的または生存上で高い価値を持っていて、しかも稀少財の配分について、中央集権的に強制するだけの力を持った単一の権威が存在しないところでは必ず生じるようだ。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 5 ロックと土地所有権 より)

さて、次回はこのような(いわばフラットな)環境は具体的にはどういう状態なのか?(現状の社会との違いや位置づけはどのようなものか?)ということを明確にすることで、まずはモチベーションの力学を把握するための土壌を理解してみようと思います。

カテゴリー: 研究仮説の発表/議論 — 梅田 11:09 AM  コメント (985)

【「ノウアスフィアの開墾」研究シリーズ】001…論文のタイトルが示唆する内容

こんにちは。大広の梅田です。

それでは早速、『ノウアスフィアの開墾』論文を読んでいきます。

まず、論文タイトルの意味ですが、「ノウアスフィア」は哲学の専門用語で「人間の知的思考(アイデア)の集合空間」を意味します。

この論文の題名に出てくる「ノウアスフィア(noosphere)」というのはアイデア(観念)の領域であり、あらゆる可能な思考の空間だ。ハッカーの所有権慣習に暗黙に含まれているのは、ノウアスフィアの部分集合の一つであるすべてのプログラムを包含する空間での、所有権に関するロック理論なんだ。だからこの論文は「ノウアスフィアの開墾」と名付けた。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 5 ロックと土地所有権 より)

というわけで、「広大なアイデアの未開の地がどのようなルールやモチベーションに基づいて、どのように開拓/開墾されていくか」を論じたものなので、「ノウアスフィアの開墾」というタイトルがついています。かっこいいタイトルですよね。

また、この「広大なアイデア空間」を「土地」になぞらえた意図は、内容にも密接に絡んでいます。具体的には、『社会契約論』で有名なロックの所有論と、オープンソース空間をプログラマー/ハッカーがどのように所有していくかというルールとが、極めて似ている、という点です。

まずは、その辺りについて、次回以降で具体的に見ていきます。

 

※タイトルはやっぱり【「伽藍とバザール」研究シリーズ】から【「ノウアスフィアの開墾」研究シリーズ】に変えました。(シリーズ3部作の論文ですが、内容の違いが明確ですので。)

カテゴリー: 研究仮説の発表/議論 — 梅田 4:40 PM  コメント (1,289)

【プロサンプション活動の本音に迫る】…企画告知

こんにちは。大広の梅田です。

前回から時間が経ってしまいましたが、少しずつ書いていこうと思います。

そして、時間が空いたこともあるので、本論に入る前に、ちょっとした企画(?)のお知らせをしようと思います。

題して、

「プロサンプション活動の本音に迫る」

です。

『ノウアスフィアの開墾』論文からユーザーモチベーションに関する示唆を得ていく執筆活動と同時に、実際にプロサンプション活動されている方に取材をし、どのようなモチベーションで活用しているのか?などの本音に迫る企画も、並行して進めてみたいと思います。

そこで、YouTubeやニコニコ動画に自作MADや動画を投稿している/pixivにイラストを投稿している/プログラムや翻訳作業などのオープンソースコミュニティに参加している/Wikipediaを編集している/ある領域に特化したブログを書き続けている…etc.の“プロシューマー(生産消費者)”の方々を募集します。是非、取材させてください。

ご自分の活動のモチベーションの源泉などについて、本音で語っていただければ幸いです。

ご興味のある方は、

prosumption アット daiko.co.jp(アットを@に直してください)

までご連絡ください。謝礼はお渡しできませんが、ご飯でもゆっくり食べながら取材したいと思っており、その費用は持たせていただきます。

※遠方の方はメール取材できればと考えております。

 

それでは、ご応募お待ちしております。

カテゴリー: このブログについて — 梅田 2:05 PM  コメント (873)

ここまでの総括…「プロサンプションの発展ステップ」「コーディネート/モチベーション」

こんにちは。大広の梅田です。

4月になり期も新しくなりました。また、前回までで「伽藍とバザール」が一区切りつき、次回からはその続編の「ノウアスフィアの開墾」に入り、より深い「ユーザーのモチベーション」等に関する示唆を得ていく予定ですので、引き続きよろしくお願い申し上げます。

さて、このタイミングと呼応するように、先日の3月末に社内で研究発表会がありましたので、その資料を公開いたします。

内容は今まで書いてきたことがほとんど全てであり、それをまとめただけなのですが、整理をしたことにより分かりやすくなったポイントが幾つかあります。

 

・「レゴ事例」と「同人コンテンツ市場3事例」の比較によるポイント抽出。(関係性の発展ステップ、集束的/発散的プロサンプション活動…etc.

・「発散的プロサンプション活動を集束させる」コーディネートのポイントの再整理。

・「コーディネートの具体事例」のポイントに沿った整理。

※具体事例の1つに「オバマの大統領選挙」があり、これについてのみブログではまだ触れていません。機会があればブログでも触れてみたいと思います。

 

上記ポイントを中心にご覧いただくと分かりやすいかと思います。それでは資料はこちらprosumption090413になります。

感想など、コメントやトラックバック、あるいはメール等でいただければ幸いです。

 

それでは、次回からは再び具体的な研究「『ノウアスフィアの開墾』論文からの、ユーザーのモチベーションに関する示唆の抽出」に戻ります。

カテゴリー: 研究仮説の発表/議論 — 梅田 2:22 PM  コメント (1,190)

【「伽藍とバザール」研究シリーズ】010…ユーザーのモチベーションの源泉は「楽しさ」「よろこび」

こんにちは。大広の梅田です。

今回は、「ユーザーのアイデアの良し悪しを見極め、上手にコミュニケーションを図っていくコーディネートは、なぜ上手くいくのか?」・・・つまり、ユーザーのモチベーションの構造について触れていきたいと思います。

 

■ポイント5

(自主的に参加している)ユーザーは、その活動を楽しんでおり、それ自体がモチベーションとなっている。また「楽しい」という状態は、その活動が易しくも難しくもない最適なレベルにあるときである。(これはユーザーに指し示す最初のVisionを策定するときのひとつの基準となる)

 

このポイント5は、ポイント3(ユーザーと「共同開発者」の関係性を築くためには、ユーザーに頻繁に情報を提供し続けることで活性化し、そのユーザーの意見を聞いて取り入れ商品ブランドが改善されていく様子を可視化し続けることで満足してもらう必要がある)の「理由」にあたります。

まずは、参考にした箇所を引用してみましょう。

 

Linux ハッカーたちが最大化している「効用関数」は、古典経済的なものではなく、自分のエゴの満足とハッカー社会での評判という無形のものだ(中略)。こういう形で機能するボランタリー文化は、実はそんなに珍しいものじゃない。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「伽藍とバザール」 10 フリーソフトの社会的な意義 より)

 

ぼくたちは、楽しんでやっているんだもの。ぼくたちの創造的な遊びは、技術面でも、市場シェア面でも、精神的なシェアでも、すさまじい勢いで成功を重ねてきている。ぼくたちは、もっといいソフトがつくれることを示しただけじゃない。よろこびが資産であることを証明してもいるんだ。

(中略)

人間は仕事をするとき、それが最適な挑戦ゾーンになっていると、いちばん嬉しい。簡単すぎて退屈でもいけないし、達成不可能なほどむずかしくてもダメだ。シヤワセなプログラマは、使いこなされていないこともなく、どうしようもない目標や、ストレスだらけのプロセスの摩擦でげんなりしていない。楽しみが能率をあげる。

自分の仕事のプロセスにびくびくゲロゲロ状態で関わり合う(中略)というのは、それ自体が、そのプロセスの失敗を告げるものととらえるべきだ。楽しさ、ユーモア、遊び心は、まさに財産だ。

(中略)

オープンソースの成功のいちばんだいじな影響の一つというのは、いちばん頭のいい仕事の仕方は遊ぶことだということを教えてくれることかもしれない。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「伽藍とバザール」 11 マネジメントとマジノ線について より)

 

つまり、「もともとプロサンプション活動自体がボランティア性を含んでいて、無形の「よろこび」が活動のモチベーションになっており、その「よろこび」状態にあるときが最も仕事の効率が高い」ということです。だからこそ、その「よろこび」状態を維持するための「適切なレベルのVisioning」「頻繁な情報提供」「出てきたアイデアの見極めと採用」「それらを全て含んだユーザーとのコミュニケーション」というコーディネートが有効ですし、また企業活動としてこのようなプロサンプション活動と良好な関係性を取り結ぶことが重要だと言えるでしょう。

さて、このひとつの仮説的結論に対して、「そんなことはある限定的な領域の産業にしか当てはまらないのではないか?」「すべての仕事がそうやって回るとは考えられない」といった反論が考えられるかと思います。その点、著者も以下のような形で触れています。

 

オープンソースは「セクシー」で技術的に魅力ある仕事でしかあてにならない、(中略)それをやるには、札束でひっぱたかれて、区画に閉じこめられた日雇いプログラマが、頭上でマネージャのふりまわす鞭の響きをききつつ必死で書くしかない、というわけだ。ぼくは、こういう主張がまゆつばだと思う理由について『ノウアスフィアの開墾』で述べた。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「伽藍とバザール」 11 マネジメントとマジノ線について より)

 

・・・ということで、次回から「伽藍とバザール」の続編「ノウアスフィアの開墾」へと入っていきます。「ノウアスフィアの開墾」を読み解くことで、ユーザーのモチベーションについて更に深い示唆を得ることができ、またプロサンプションという概念がどんな産業/仕事にとっても有効であることが言えるのではないか? と期待しています

※タイトルは【「伽藍とバザール」研究シリーズ】を継続しようと思っています。(「伽藍とバザール」「ノウアスフィアの開墾」「魔法のおなべ」で、「伽藍とバザール」シリーズ3部作と捉えています)

カテゴリー: 研究仮説の発表/議論 — 梅田 6:33 PM  コメント (1,198)

【「伽藍とバザール」研究シリーズ】009…コーディネーターに必要な能力

こんにちは。大広の梅田です。

今回からは、コーディネートしていくにあたっての、もう少し具体的なヒントを探っていきます。

 

■ポイント4

コーディネーターに必須な能力は、自分でアイデアを開発する能力ではなく、良いアイデアを認識できる能力であり、また開発コミュニティを活性化させるコミュニケーション能力である。

 

・・・前回までの記事で何回か、「アイデア開発や改善を、ユーザーに委ねる方が楽、というかその方が望ましい」と書いてきましたが、そのことと関連してくるポイントです。先に、参考にした箇所を(やや長くなりますが)引用しておきます。

 

ここにはいくつか教訓がある。まず、この SMTP 転送のアイデアは、ぼくがリーヌスのやりかたを意識的に真似ようとした最大の見返りだった。あるユーザがすばらしいアイデアを提供してくれた――ぼくは単に、その意義を理解すればよかっただけ。

    * いいアイデアを思いつく次善の策は、ユーザからのいいアイデアを認識することである。時にはどっちが次善かわからなかったりする。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「伽藍とバザール」 6 Popclient から Fetchmail へ より)

 

コーディネーターが、とてつもないデザイン上のひらめきを自分で得る必要性は必ずしもないと思う。でも、絶対に必要なのは、その人物がほかの人たちのよいデザイン上のアイデアを認識できるということだ。

(中略)

別の才能で、ソフト開発とはふつうは関連づけられないけれど、でもバザールプロジェクトではデザイン上の才覚に匹敵するほど――あるいはそれ以上――重要なものがあると思う。バザールプロジェクトは、コーディネータやリーダの対人能力やコミュニケーション能力が優れていないとダメだ。

これは説明するまでもないだろう。開発コミュニティをつくるには、人を引きつける必要がある。自分のやっていることに興味を持たせて、各人のやっている仕事量についてみんなが満足しているように気を配る必要がある。技術的な先進性は、これを実現する役にはおおいに立つけれど、でもそれだけではぜんぜん足りない。その人が発する個性も大事だ。

リーヌスがナイスガイで、みんなかれを気に入って手伝いたくなってしまうのは、偶然ではない。ぼくがエネルギッシュで外向的で、大人数を動かすのが好きで、コメディアンの話術や本能をちょっと備えているのも偶然じゃない。バザールモデルが機能するためには、人を魅了する能力が少しくらいでもあると、きわめて役に立つのだ。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「伽藍とバザール」 9 バザール方式の前提条件とは より)

 

ということで、読んでいただくと分かると思うのですが、委ねることが楽というよりは、自分以外の多数のユーザーからアイデアを募る方が、開発精度やスピードが上がる可能性があります。そして本当に上がるためには、そのアイデアの良し悪しを認識できる必要がありますし、またそもそもアイデアを募ったところで、集まらないことには始まりません。

だからこそ、コーディネーターには優れたコミュニケーション能力が必要だ、ということです。前回までのポイントに既に出てきましたが、「ユーザーとの会話を継続」することで、開発コミュニティは活性化していきます。ですので、「コミュニケーション能力」というのは「会話を継続」できるほどに、そのコミュニティ上に溢れている情報(とその根底に流れるコンテクスト)を理解し、ユーザーが「手伝いたくなってしまう」くらいに信頼される必要があります。

詰まるところ、その開発コミュニティに「自主的に」参加してくれているユーザーと同じくらいにそのコミュニティのことを好きである、ということが何よりのポイントだと思います。

 

次回は、「では何故、そもそもそのようなコーディネーターだとコミュニティが上手くいくのか?」というところ、つまり(いよいよ)モチベーション関連の話題に触れていきます。

カテゴリー: 研究仮説の発表/議論 — 梅田 12:01 PM  コメント (1,190)

【「伽藍とバザール」研究シリーズ】008…ポイントの整理(中間のまとめ)

こんにちは。大広の梅田です。

さて、今まで出てきたポイント3つを並べてみましょう。

 

■ポイント1

・まったく何もない状態から価値を生産することはできない。ただし、既存のアイデアを出発点にすることはできるし、楽(というかそれが望ましい)。

(ユーザーが興味を持っている既存の出発点が、モチベーションの観点から必要)

 

■ポイント2

ブランドのユーザーと「共同開発者としての関係性」を築くことが、商品の改善や、それにあたっての見落としの防止などにおける最も楽な(そして望ましい)アプローチである。

(「共同開発者」になってもらいモチベーションを上げる)

 

■ポイント3

ユーザーと「共同開発者」の関係性を築くためには、(自分たちの満足のために生産的活動をしている)ユーザーに頻繁に情報を提供し続けることで活性化し、そのユーザーの意見を聞いて取り入れ商品ブランドが改善されていく様子を可視化し続けることで満足してもらう必要がある。

(「信頼」「承認」「会話の継続」)

 

この3つに加えて、今まで書いてきた「コーディネート(企業の目的に沿ってプロサンプション活動を集束すること)」の概念(「コンテクストの理解」「Visionの提示」「場や情報等の提供」)も入れてまとめ直すと、

・ユーザーのコンテクストを理解し、信頼した上で「共同開発者」としてユーザーを承認する。

・ユーザーとの会話を継続し、企業活動に取り入れ、それを可視化し続ける。(可視化された結果/成果がユーザー活動の指針(Vision)となり続ける)

・それらを徹底することが、ユーザーのモチベーションを上げることにも、企業活動の成果を上げることにも、繋がる。

といった感じになるでしょうか。以上のようなことを包括して、改めて「コーディネート」と呼びたいと思います。

※「企業が、場所や情報や素材は用意するが、ユーザーが場に参加し、場を消費し、さらに付加価値を生産することではじめて完結する(つまり委ねる部分が重要となる)」ということが、“コーディネート”という語感から感じられるので。

 

さて次回(以降)ですが、もう少し具体的な「コーディネートのヒントとなるポイント」を探っていきます。

カテゴリー: 研究仮説の発表/議論 — 梅田 5:54 PM  コメント (428)

【「伽藍とバザール」研究シリーズ】007…ユーザーと「共同開発者」としての関係性を築く

こんにちは。大広の梅田です。

前回までのポイント2つは、どことなく“ユーザーに委ねて楽をする”といった側面ばかりが強調されていましたが、そうではなく今回のポイントとあわせて考えることが重要だ、ということを今回は書きます。

 

■ポイント3

ユーザーと「共同開発者」の関係性を築くためには、(自分たちの満足のために生産的活動をしている)ユーザーに頻繁に情報を提供し続けることで活性化し、そのユーザーの意見を聞いて取り入れ商品ブランドが改善されていく様子を可視化し続けることで満足してもらう必要がある。

 

・・・つまり、ユーザーを「信頼」し、企業の一員として「承認」する基本スタンスの上で、「情報提供の継続」+「意見反映の継続」=「オープンな会話による商品ブランド改善の継続」が必要だ、ということです。

この、「信頼」「承認」「会話の継続」は、企業にとってかなりの“手間”であるように思えます。「信頼」「承認」するためには企業内コンセンサスを取るのが“手間”でしょうし、「会話の継続」はそれこそ人的コストという“手間”が掛かります。

しかしながら、これを達成できたときに得られるものは、今までのマーケティング・アプローチでは中々成し得なかった隙の少ない商品ブランド設計であり、ユーザーからの熱狂的支持だと考えます。(加えて、開発コスト等の低減なども考えられると思います。いずれにせよ、どこかでまとめて「既存マーケティングとの比較考察」はやってみたいと思います。

以上のことは、ここを参考としました。

* はやめのリリース、ひんぱんなリリース。そして顧客の話をきくこと

 リーヌスの革新は、これをやったということじゃない(似たようなことは、もうながいこと Unix の世界の伝統になっていた)。それをスケールアップして、開発しているものの複雑さに見合うだけの集中した取り組みにまでもっていったということだった。

(中略)

リーヌスは、ハッカー/ユーザたちをたえず刺激して、ごほうびを与え続けたってことだ。刺激は、全体の動きの中で一員となることでエゴを満足させられるという見込みで、ごほうびは、自分たちの仕事がたえず(まさに毎日のように)進歩している様子だ。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「伽藍とバザール」 4 はやめのリリース、しょっちゅうリリース より)

 

この「信頼」「承認」「会話の継続」ですが、これはそのままユーザーの「モチベーションの維持・向上」の観点からしても重要なポイントだと考えられますし、「コーディネート」(=企業の目的に沿った形でプロサンプション活動の一部を集束すること)に必要だと仮説的に考えてきた「コンテクストの理解」「Visionの提示」「ネタ等の提供」とも通ずるところがあります。

 

さて次回は、今まで出てきた3つのポイントを、ここで一旦まとめてみます。

カテゴリー: 研究仮説の発表/議論 — 梅田 4:11 PM  コメント (108)

【「伽藍とバザール」研究シリーズ】006…ユーザーと「共同開発者」としての関係性を築く

こんにちは。大広の梅田です。

引き続き、「伽藍とバザール」から、「どのような『コーディネートが有効』か?」「その中でどのように生産消費者の『モチベーション』を向上させたのか?」というポイントを抽出していきます。

 

■ポイント2

ブランドのユーザーと「共同開発者としての関係性」を築くことが、商品の改善や、それにあたっての見落としの防止などにおける最も楽な(そして望ましい)アプローチである。

 

・・・少し具体的な例え話を出しながら補足すると、「ユーザーの反応をマーケティング的に取り入れながら、次の商品開発に活かしていく」ということはどの企業も日常茶飯事に実行していることだと思いますが、ここでのポイントは、「企業活動の一環として共同する」ということです。

つまり、通常のマーケティングは、ユーザーの反応を見て商品を改善しても、改善手法が掘りきれなかったり、調査手法の落とし穴にはまり思わぬ見落としをしたりした結果、失敗に終わり、それを教訓に次のマーケティング・タームに向かう・・・といった感じだと思いますが、ユーザーを「共同開発者」として見做し、商品の開発段階から様々なことに関わってもらうことで、改善手法を掘り込んでいったり、思わぬ見落としを防いだりすることが可能である(そして、その「共同開発者」は多ければ多いほうが良い)、ということです。

(そして、その背景にはプロサンプション活動は、「ユーザーが自分の満足のためにしている自主的な生産活動」であるため、それを上手に取り込むことで、通常の(受動的なサンプルを対象とした)マーケティング調査/活動に比して圧倒的に高い正確性が望める、ということがあります。)

 

以上のことは、ここを参考としました。

* ユーザを共同開発者として扱うのは、コードの高速改良と効率よいデバッグのいちばん楽ちんな方法。

この効果の力はすごく見落としがち。はっきり言って、ぼくらフリーソフト界のほとんどだれもが、この効果がユーザの数の増加とともにどれほどすごくなるか、そしてそれがシステムの複雑さに対してどれほど有効に機能するかについて、まったく見えてなかった。リーヌスが目を開いてくれるまでは。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「伽藍とバザール」 3. ユーザは大事な財産 より)

ここで注意すべきことは、企業側が「ユーザーを共同開発者と見做す」というスタンスに本当に立てるかどうか、です。「ユーザーとの共同開発!」と銘打った取り組みでも、実際は、途中で商品モニターをしてもらったくらいのケースもよくあるかと思います。これでは一般的なマーケティング調査と変わりません。

「自主的な生産活動」に期待するためには、あくまでも「共同開発者」としての関係性を築かないと、ユーザーの“モチベーション”の観点からしても成果は望めないでしょう。

 

さて、今まで抽出してきたポイント12は“楽な点”ばかり強調してきたようですが、“楽”というのは2つの意味で違います。

1つは、(前回も触れましたが)「(自分でアイデアを創出するのではなく)既存のアイデアから出発する」や「ユーザーに共同開発者になってもらう」ということは、「楽」というよりは「そうすべき」なのです。その理由については、また別途触れていきます。

もう1つは、ユーザーに委ねていく、というスタンスは一方では“楽”ですが、もう一方ではとても“手間が掛かる”ことでもあります。

次回は、その“手間”について触れていきたいと思います。

カテゴリー: 研究仮説の発表/議論 — 梅田 2:44 PM  コメント (2,496)

【「伽藍とバザール」研究シリーズ】005…既存のアイデアを出発点にする

こんにちは。大広の梅田です。

早速、具体的に「伽藍とバザール」から、「どのような『コーディネートが有効』か?」「その中でどのように生産消費者の『モチベーション』を向上させたのか?」というポイントを抽出していきたいと思います。

※尚、論文「伽藍とバザール」はリナックスの開発について書かれたものではありますが、著者のEric S. Raymondがメーラー関連のアプリケーションを開発した経験なども含まれています。両者の開発思想はほぼ同様(バザール方式)なので、ポイントを抽出する際は、どちらの(あるいは両方の)開発におけることなのか、には触れません。

 

■ポイント1

・まったく何もない状態から価値を生産することはできない。ただし、既存のアイデアを出発点にすることはできるし、楽(というかそれが望ましい)。

 

・・・このポイントの後半部は、ここを参考に抽出しました。

* 何を書けばいいかわかってるのがよいプログラマ。なにを書き直せば(そして使い回せば)いいかわかってるのが、すごいプログラマ。

 ――だからね。すごいプログラマを気取るつもりはないけど、でもそのまねくらいはしたい。すごいプログラマの大事な特徴の一つが、建設的な面倒くさがりってヤツなんだ。評価してもらえるのは結果であって、そのための努力じゃないってのがわかってるってこと。そして白紙から始めるよりは、よくできた部分解からはじめたほうがほぼ絶対に楽。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「伽藍とバザール」 2 なにはともあれメールは通せ より)

・・・既にあるものを活用した方が楽、というのは当たり前のように思えますが、楽というだけではなく、そうすべきという理由がありそうです。これはまた別途取り上げたいと思います。

※詳しくは、「伽藍とバザール」の続編、「ノウアスフィアの開墾」を読んだときに触れていく予定。

また、ポイントの前半部は、ここを参考にしています。

バザール形式でテストしたりデバッグしたり改善したりはできるけれど、プロジェクトを最初からバザール式で始めるのはすごくむずかしいだろう。リーヌスはそんなことはしなかったし、ぼくもしなかった。あなたが生み出そうとしてる開発者コミュニティは、いじるために何か動いてテストできるものを必要としているんだ。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「伽藍とバザール」 9 バザール方式の前提条件とは より)

・・・これは要は、「丸投げはできませんよ」ということだと考えています。あくまでも、プロサンプション(生産消費)活動は、生産活動ではなく、生産的な(自己満足のための)消費活動ですので、消費できるだけの対象(価値や体験など)が必要となります。

また、「モチベーション」関連のポイントも少し触れられていますね。即ち、「いじるために~必要としているんだ。」の部分です。生産消費者のモチベーションを維持・向上させるためには、(ユーザーが興味を持てる)出発点が必要だ、ということが言えるでしょう。

 

以上、まず今回はコーディネートしていく上での基本スタンス的なポイントを抽出しました。次回以降もこのような感じで、ポイントを抽出していきます。

カテゴリー: 研究仮説の発表/議論 — 梅田 10:37 AM  コメント (747)