【「伽藍とバザール」研究シリーズ】010…ユーザーのモチベーションの源泉は「楽しさ」「よろこび」
こんにちは。大広の梅田です。
今回は、「ユーザーのアイデアの良し悪しを見極め、上手にコミュニケーションを図っていくコーディネートは、なぜ上手くいくのか?」・・・つまり、ユーザーのモチベーションの構造について触れていきたいと思います。
■ポイント5
(自主的に参加している)ユーザーは、その活動を楽しんでおり、それ自体がモチベーションとなっている。また「楽しい」という状態は、その活動が易しくも難しくもない最適なレベルにあるときである。(これはユーザーに指し示す最初のVisionを策定するときのひとつの基準となる)
このポイント5は、ポイント3(ユーザーと「共同開発者」の関係性を築くためには、ユーザーに頻繁に情報を提供し続けることで活性化し、そのユーザーの意見を聞いて取り入れ商品ブランドが改善されていく様子を可視化し続けることで満足してもらう必要がある)の「理由」にあたります。
まずは、参考にした箇所を引用してみましょう。
Linux ハッカーたちが最大化している「効用関数」は、古典経済的なものではなく、自分のエゴの満足とハッカー社会での評判という無形のものだ(中略)。こういう形で機能するボランタリー文化は、実はそんなに珍しいものじゃない。
(Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 訳「伽藍とバザール」 10 フリーソフトの社会的な意義 より)
ぼくたちは、楽しんでやっているんだもの。ぼくたちの創造的な遊びは、技術面でも、市場シェア面でも、精神的なシェアでも、すさまじい勢いで成功を重ねてきている。ぼくたちは、もっといいソフトがつくれることを示しただけじゃない。よろこびが資産であることを証明してもいるんだ。
(中略)
人間は仕事をするとき、それが最適な挑戦ゾーンになっていると、いちばん嬉しい。簡単すぎて退屈でもいけないし、達成不可能なほどむずかしくてもダメだ。シヤワセなプログラマは、使いこなされていないこともなく、どうしようもない目標や、ストレスだらけのプロセスの摩擦でげんなりしていない。楽しみが能率をあげる。
自分の仕事のプロセスにびくびくゲロゲロ状態で関わり合う(中略)というのは、それ自体が、そのプロセスの失敗を告げるものととらえるべきだ。楽しさ、ユーモア、遊び心は、まさに財産だ。
(中略)
オープンソースの成功のいちばんだいじな影響の一つというのは、いちばん頭のいい仕事の仕方は遊ぶことだということを教えてくれることかもしれない。
(Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 訳「伽藍とバザール」 11 マネジメントとマジノ線について より)
つまり、「もともとプロサンプション活動自体がボランティア性を含んでいて、無形の「よろこび」が活動のモチベーションになっており、その「よろこび」状態にあるときが最も仕事の効率が高い」ということです。だからこそ、その「よろこび」状態を維持するための「適切なレベルのVisioning」「頻繁な情報提供」「出てきたアイデアの見極めと採用」「それらを全て含んだユーザーとのコミュニケーション」というコーディネートが有効ですし、また企業活動としてこのようなプロサンプション活動と良好な関係性を取り結ぶことが重要だと言えるでしょう。
さて、このひとつの仮説的結論に対して、「そんなことはある限定的な領域の産業にしか当てはまらないのではないか?」「すべての仕事がそうやって回るとは考えられない」といった反論が考えられるかと思います。その点、著者も以下のような形で触れています。
オープンソースは「セクシー」で技術的に魅力ある仕事でしかあてにならない、(中略)それをやるには、札束でひっぱたかれて、区画に閉じこめられた日雇いプログラマが、頭上でマネージャのふりまわす鞭の響きをききつつ必死で書くしかない、というわけだ。ぼくは、こういう主張がまゆつばだと思う理由について『ノウアスフィアの開墾』で述べた。
(Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 訳「伽藍とバザール」 11 マネジメントとマジノ線について より)
・・・ということで、次回から「伽藍とバザール」の続編「ノウアスフィアの開墾」へと入っていきます。「ノウアスフィアの開墾」を読み解くことで、ユーザーのモチベーションについて更に深い示唆を得ることができ、またプロサンプションという概念がどんな産業/仕事にとっても有効であることが言えるのではないか? と期待しています。
※タイトルは【「伽藍とバザール」研究シリーズ】を継続しようと思っています。(「伽藍とバザール」「ノウアスフィアの開墾」「魔法のおなべ」で、「伽藍とバザール」シリーズ3部作と捉えています)