【まとめ】その2…広告エージェンシーからビジネスエージェンシーへ。

こんにちは。大広の梅田です。

「プロサンプション・ビジネスのポイント」「その領域へ広告エージェンシーが入るポイント」を探る本ブログもひとまず大詰めに入ってきました。また、ブログを書き出した087月はまだそこまで普及していなかった「ソーシャルメディア」という言葉やそれを象徴するメディア「Twitter」が定着し始め、尚盛り上がりを見せています。「(生活者の自発的な発信行動が結びついて生成される)ソーシャルメディアを広告エージェンシーのビジネスとどう結び付けていくか?」という課題が日々議論されている昨今ですが、その議論における1つの参考資料となれば幸いです。

 

さて前回、「企業ビジネスとソーシャルメディアとを結びつける際、基本的には企業自身が直接ソーシャルメディアに関わる(企業自身がソーシャルメディア内で発信する/企業がソーシャルメディア運営者と協業する)必要がある」という趣旨を書きました。この視点が今後の広告エージェンシーのビジネスモデルに大きく影響すると考えます。

従来、広告エージェンシーは「メディア・エージェンシー」でした。マスメディアに集まる大衆の注目を広告媒体として価値化すべく、枠を設定したりその他サービスを付けたりして、広告主にセールスするビジネスモデルです。そしてメディアを売ることだけではなく「その他サービス(ex.)クリエイティブ/プロモーション/戦略コンサルテーション…etc.)」が発達を遂げて現在の「広告エージェンシー」つまり「広告に関するあらゆる業務をエージェントとして遂行する企業」が成り立っています。

しかし、ソーシャルメディアにおいては、そのビジネスモデルが簡単には成立しません。

まず「メディアに集まる注目を広告媒体として価値化する」ことから考えてみます。マスメディアは巨大なパワーがありました。時代の空気を鋭く読んだTVCMで人々を動かす、そんなビジネスとも言えましたが、それをそのままソーシャルメディアには転用できません。なぜならマスメディアに比してソーシャルメディア(それはほとんどの場合デジタルメディアでもある)の、枠はマスメディアよりも細かく、ターゲティングは精緻さが要求され、PDSサイクルは早く回り、入れる広告クリエイティブ・コンテンツ制作物は膨大になり、読むべき空気(文脈)は多様で難しい要は「(メディアセールス及びそれに付随する)タスクの膨大さに比してボリュームが小さい」ということになります。それが「ビジネスモデルをそのまま転用するのは難しい」理由の1つ目です。

次に、というかこちらの方がより本質的な理由になり、繰り返しにもなりますが「企業自身が直接ソーシャルメディアに関わる必要がある」ということです。つまり、(メディアセールス(及びそれに付随する膨大なタスク)以外)エージェントとして機能しづらいことが根本にあります。ソーシャルメディアにおいて企業自身が(企業活動の一環として)情報発信やユーザーとの交流活動を始めると、そこに(従来の)広告エージェンシーが介在する余地はどんどん狭くなっていきます。

以上の2つの理由から、ソーシャルメディアにおいては従来の広告エージェンシーのビジネスモデルが転用しづらいことが分かると思います。では、どのようなアプローチならば企業のソーシャルメディア・ビジネスに対して(ビジネス・エージェンシーとして)貢献することができるでしょうか。

 

・・・「企業が直接ソーシャルメディアに関わる」アプローチは大きく2つあり、「企業自身がソーシャルメディア内で発信する」と「企業がソーシャルメディア運営者と協業する」です。ここからはこの2つのアプローチに対して、それぞれどのように関与できるかを考察してみます。

1つ目の「企業自身がソーシャルメディア内で発信する」アプローチですが、企業のリアルタイムで生の声をエージェントすることは(前回も述べましたが)困難です(しかも「発信」の延長線上には「受信」「交流」がありますが、そのフェーズまでいくと尚更です)。そこで、「企業におけるソーシャルメディア・プロジェクトの一員となる」というエージェンシー・アプローチが考えられます。平たく言うと「企業内の事業に資本や人を出して参画する」ということです。いったん組織に参画してしまえば、その事業に従事するものとして、ソーシャルメディア上で直接活動することができます。なお現在の広告エージェンシーでも一部、クライアントに出向して関係性を強めたりクライアントの事業を深く理解したりすることで広告ビジネスに活かす取り組みはありますが、まだ本流ではありません。今後は必要性が増してくると思われますが、これだけの考察では必要性に対する納得感が薄いのではないでしょうか? そこで次のアプローチに移ります。

2つ目に「企業がソーシャルメディア運営者と協業する」アプローチですが、このアプローチは、より具体的には「ソーシャルメディアを活用した新しい企業サービスをユーザーに提供する」と言い換えられます。そこで、「ソーシャルメディアと共同でサービスを開発し、クライアントに(カスタマイズを含めて)セールスをする」というエージェンシー・アプローチが考えられます。こちらの方が、1つ目の「企業内の事業に資本や人を出して参画する」より想像しやすいのではないでしょうか。従来の広告エージェンシーは媒体社と一緒になって(主にメディアセールスの観点で)媒体価値の開発をしてきた経緯があり、ビジネスモデルもそのように(つまりメディアのセールス価格にエージェンシーの利益分が含まれる形)なっています。その価値開発する対象が「広告メディア」から「サービス」になっただけで、ビジネススキームとしては従来の形に近いです。

ここでさらに考察しておきたいポイントは「収益モデル」です。いままでは「コミッション」という「メディアのセールス価格にエージェンシーの利益分が含まれる形」でした。つまり、売った分だけすぐに分かりやすく利益が出るモデルです。しかし、売る対象が「広告メディア」から「サービス」になるとコミッションだけでは難しくなってきます。なぜならサービスは「開発に時間が掛かり、セールスにもスキルが必要」であり、また「売っておしまい」ではなく「永続的に運営されるもの」だからです。しかしその分、「サービス運営による成果/利益」が上がってきます。したがって、収益モデルも「サービスを納品しておしまいのコミッション」だけではなく、「サービス開発・運営に関するフィー(人日やサーバー代などから算出)」や「サービスへの貢献レベルによる成果報酬」や「サービス運営への関与レベルに応じた利益のレベニューシェア」など、(さらにそれらの複合型についても)多様に考える必要があります。

また、この「収益モデル」を選択する際に、1つ目の「企業内の事業に資本や人を出して参画する」という視点も付加して検討する必要があります。コミッションやフィーなら問題ありませんが、成果報酬やレベニューシェアとなると、いったん納品した企業の事業サービスの成果/利益に応じたビジネスモデルを採るには、その運営にも関わる必要性が高まってくると考えられます。場合によっては、資本や人を出したり事業会社を興したりすべきケースも出てくるでしょう。

 

以上、まとめます。

従来のマスメディアに加え、新たにソーシャルメディアが存在感をどんどん増している環境下、ソーシャルメディアを新たな企業活動のプラットフォームとして、(コミュニケーションを含んだ)自社ビジネスを直接展開する事例がますます増えてくる(=事業予算がマスメディアからソーシャルメディアへシフトする)ことが予想されます。

そのような情勢に対応すべく、広告エージェンシーは、従来のビジネスモデル(マスメディアセールスと制作等のサービス)で培った様々なステークホルダー(ex. クライアント/メディア/プロダクション/インフルエンサー/生活者…etc.)との関係性や関連ナレッジを活用し、組み合わせることで(且つソーシャルメディアも積極的に活用するスタンスで)新たな事業を興す必要性が高まっている、と考えます。

そのような考え方の元、多様な試行錯誤をし、(広告エージェンシー自身の)事業ポートフォリオを描いていかないと、「事業予算におけるマスメディアからソーシャルメディアへのシフト」「事業予算における広告販促費から他予算へのシフト」等には対応できないのではないでしょうか。

そして、具体的に事業開発する際には、(今までにこのブログの各記事で書いてきたような)「プロサンプション活動と現状の事業活動との対立・ねじれ構造を解消できる視点の発見」「既存ルールを改革していくネゴシエーションの実行」「発散的プロサンプション活動に生産的価値を付与するコーディネート能力」「ユーザーモチベーションを理解した上での施策開発」「プロサンプション的な生産価値を事業の適切なパートに据えた戦略開発」「開発した事業の一員として持つべき新たな収益モデルの獲得」に加え、ステークホルダーを結びつけて事業開発・運営を推進できる「プロデュース能力」を合わせ持った個人・組織が求められるでしょう。

(以上の各条件それぞれにおいて、多少の要点をこのブログの研究記事が提供できていれば幸いです)

 

・・・以上、長期に渡って書いてきました「プロサンプション研究」も1つの提言をまとめることはできましたので、このブログもこの記事を以って完了となります。最後に、一見困難に見える上記のような条件も、広告エージェンシーだけでなく、一般的な企業についても当てはまる課題である、ということを思い出せば、各企業が協力してこの(産業革命以来の)変革期に楽しく向き合うことができるのではないでしょうか?(広告エージェンシーはクライアントビジネスについて一緒に悩める存在であるべきでしたし、これからもそうであることは変わりないと思います)

それでは、今まで読んでくださった方々、ありがとうございました。今度は事業開発の方でお会いいたしましょう。

カテゴリー: 研究仮説の発表/議論 — 梅田 11:34 AM  コメント (1,236)

【まとめ】その1…プロサンプション活動と企業ビジネスとを取り結ぶ各種スキーム(後半)

こんにちは。大広の梅田です。

(字数の関係で前半後半に分けました。以下、前半からの続きです。)

以上のようにまとめてみると、(プロサンプション研究においても象徴的な)Twitterを活用したビジネスも多様に考えられ、具体事例も出てきていることが分かりましたが、ここで考慮すべきことは、いずれも「基本的には企業自身が直接Twitterに関わる(企業自身がTweetする/企業がTwitter本社と協業する)必要がある」ということです。

一見、代理できそうな「間接連動」の「企業プロモーションとしての活用」についても、短期的なキャンペーンであれば綿密なシナリオを組んだ上で実施して期間終了とともに閉じる、ということは可能と言えば可能ですが、中長期的な永続活動をする企業アカウントの場合は(既存の体制での)代理実施がほぼ不可能です。広告エージェンシーが考えたTweetを都度企業に確認して・・・といった体制ではリアルタイムで関係性を構築していくTwitterの良さは活かされませんし、そもそも企業活動の発露としてのTweetであるべきなので、代理という立場での実施は本質的ではありません。

また、このような話しは、Twitterに限らずソーシャルメディア全般に言えることだと思います。例えば、mixiにおいても、企業/商品情報に近ければ近いほど、企業自体が運営する必要性が高まります。(※遠い場合はルールを決めておいて代理運営することは頻繁にありますが、近くなればなるほど都度の確認=企業の意志が必要になりますので)

ということで、「プロサンプション活動を企業活動と取り結び、ビジネスにつなげる」ことは十分に考えられ、(以前にも触れましたが)今後、生活者のプロサンプション活動がより一層、存在感を増してくることが予想されている環境下では、積極的に検討すべき事項であることが、本ブログの記事連載で提起できたのでは、と思います。

そこで次回は、いよいよ大詰め「では、一般企業ではなく、広告エージェンシーにおいてはどうか?」ということを考えてみたいと思います。

カテゴリー: 研究仮説の発表/議論 — 梅田 2:15 PM  コメント (322)

【まとめ】その1…プロサンプション活動と企業ビジネスとを取り結ぶ各種スキーム(前半)

こんにちは。大広の梅田です。

前回では「プロサンプション活動で獲得した『評価』を金銭価値に(直接的に/間接的に)変換する“各種アプローチ”」を、『魔法のおなべ』『FREE』を参考に、12の分類に整理しました。

今回は、その詳細を過去事例から・・・とも思っていたのですが、『魔法のおなべ』『FREE』に出ている具体事例の焼き直しになってしまうので、今回は視点を先に進めて、「現在の環境におけるビジネスへの具体的な活用」について考察してみます。

まず、一般企業における「プロサンプションの活用」(≒ソーシャルメディアの活用)についてです。

※ソーシャルメディアの活用は即ちソーシャルメディア上におけるユーザーのアクティブな活動(≒プロサンプション活動)をどう各企業のビジネスに関連付けるか、という議論に他ならないので、ここではあまり区別をしません。

※「プロサンプション」という言葉は、より純粋に活動のモチベーション等を研究するときに(ソーシャルメディアに限定しない形式で対象を捉えられるので)意義が出てきますが、このようなビジネス検討フェーズに入ると、実際上での議論が多くなるので、ここでは「プロサンプション活動」≒「ソーシャルメディア上での活動」として考えたいと思います。

さて、ここ1年で、企業のソーシャルメディアの活用がずいぶんと進んだ印象があります。欧米では、四角に囲まれた1文字のアルファベットのマーク「t=Twitter)」「f=facebook)」が、ブランドサイト/商品/広告など所構わずに並んで付いているのが見慣れた光景になっています。

日本でもTwitterの盛り上がりは顕著であり、企業のTwitter活用が、「企業とソーシャルメディアとの関係性を如何に取り結んでいくか」という議論を推進しているように映ります。

そのTwitterですが、プロサンプション研究においてあらゆる意味で象徴的です。過去にまとめた資料を見返してみても、ポイントにピッタリと当てはまります。

例えば、発散的なプロサンプション活動を企業にとって集束的にするための「コーディネートの3つのポイント」(こちらの記事からダウンロードできるパワーポイント中に詳細アリ)です。ポイントの1つ目「ユーザーコンテクストの理解と承認(ユーザー活動の文脈を踏まえた上で、「共同開発者」として正式に承認する)」ですが、これはTwitter(の企業公式アカウント)における「フォロー(する/される)」行為がそうです。2つ目「ユーザーとの会話の継続とその可視化(ユーザー活動を企業に取り入れ続けることで、その成果が新たな活動指針(Vision)となる)」は、「@(リプライ)」と「RT(リツイート)」がピッタリです。3つ目「ユーザーモチベーションの向上(「共同開発者」の関係構築が、モチベーションの向上にも企業成果の向上にも繋がる)」は、ポイント12を継続することで成果が得られるということを示唆しており、実際そのような企業が出始めています。

そこで、このTwitterを活用した企業ビジネスの具体事例を見ていきましょう。前回の記事で整理した分類(の図)で考えてみます。

まず、「freemium」ですが、例えば(Twitterへのポストをパブリッシャー・コンテンツの一部として捉えるなら)パブリッシャー・ビジネスが挙げられます。内容の一部をTwitter上で読ませ、続きを読みたい場合はそのパブリッシャー企業のサイトに誘導して(PV増による企業サイトの広告収入)コンテンツを読ませたり、有料課金したりするケースです。

次に、「放題」ですが、Twitterにおける「有料アカウント(フォローするには課金が必要)」があります(Twitter公式のビジネスではなく、APIを活用したサードパーティのビジネスです)。そのアカウントの内容を読むためには最初一定額を支払う必要がありますが、その後は読み放題となります。

また、「直接相互補助」は、(ちょっと微妙ですが)「注文サービス」があります。Twitterからの注文は無料で出来て、有料の商品を買うことができる・・・といったサービスで、海外では既にピザ屋さんやタクシーの事例があります。(※ここはもっと深堀りできそうです)

そして、「間接連動」は、「企業プロモーションとしての活用」が最も考えやすいものでしょう。企業アカウントによるコーディネートでユーザーのTweetを活性化し、企業/商品関連情報を広めてもらい、購買(やそれに類する具体的なアクション)に繋げる、というスキームです。平たく言えば、企業とユーザーがコミュニケーションを楽しんでいるうちに自然とそれが(ユーザーが生成してくれる)広告・プロモーションになっている、ということです。こちらの具体事例は山ほどあり、Twitterに触れていれば(それを告知するバナー広告もさかんに出ているので)自然と出会えます。

最後に「三角市場」ですが、これはそのまま「広告ビジネス」が分かりやすいと思います。TwitterAPIを活用した各種サイト(ex. ピーチク)が立ち上がっていますが、それらサイトはTwitterAPIを無料で活用でき、無料のコンテンツ生成(ユーザーのTweet)によるPVを獲得でき、広告収入を得ることが出来ます(※ピーチクのサイトにはまだ広告は入っていないようです)。

・・・以上のことをまとめて言えることは(字数の関係で)後半に続けて書きます。

カテゴリー: 研究仮説の発表/議論 — 梅田 11:30 AM  コメント (998)

【「魔法のおなべ」研究シリーズ】002…「無料化」の流れに対応する12のビジネスアプローチ

こんにちは。大広の梅田です。

今回からいよいよ「プロサンプション活動で獲得した『評価』を金銭価値に(直接的に/間接的に)変換する“各種アプローチ”」を具体的に考えていきたいと思います。

前回でも触れましたが、参考にする資料として、『魔法のおなべ』だけではなく、クリス・アンダーソン著『FREE』も加えます。

FREE』の日本語版が1121日に発売されるということで、発売次第、内容を読んでみたいと思いますが、すでに色々なブログ等で概要は窺えるので、まずはそれを参考にして進めてみます。

※ブログについては、CNETコラムの森祐治氏「情報経済への視点」の「ゼロ化を飲み込むフリービジネスモデルの構築を急げ」参考にしました。

さて、『魔法のおなべ』で直接参考になるのは、9章の「間接販売価値モデル」です。ここでは7つの具体的な「プロサンプション活動をビジネスに組み入れていくアプローチ」が登場します。

一方で、『FREE』の方は、「競争市場ではすべての価格は限界費用へと収束する」という基本スタンスのもと、(プロサンプションを含めた)無料化の流れに対応する4つの大分類を挙げているようです。

以上、この2つの視点は相互に絡み合っているので、要素を分解/再整理を試みました。それが次の図です。

prosumption091117(「無料化」を汲んだ12のビジネスアプローチ)

この整理のポイントは、「無料化の源泉」という軸を採ったことです。『魔法のおなべ』では(当然ながら)オープンソース/プロサンプションの領域しか触れられていません(その代わりに独自の視点もあります)。一方、『FREE』では大分類の1つに「非貨幣市場(贈与経済など)」があり他の3つと並列されています。そこで、「非貨幣市場」を「プロサンプション」として捉え直して1つの独立した軸として採ることで、両者の絡み/関係性を分かりやすくする・・・という狙いです。(この2軸で考えると、例えば「非貨幣市場」はご覧の位置のセルに分類できるかと思います)

また、『FREE』の大分類「直接相互補助」「freemium」については、『魔法のおなべ』を眺めていて気付いた視点により、もう少し細かくした方が発見があるかも? という狙いで、現状それぞれ2つに割ってみています。

次回以降は、この整理にしたがって、各セルの具体事例やポイントを検討していきたいと思います。

カテゴリー: 研究仮説の発表/議論 — 梅田 4:24 PM  コメント (777)

【「魔法のおなべ」研究シリーズ】001…プロサンプション活動が実経済に根付いていく示唆

こんにちは。大広の梅田です。

前回から時間が空いてしまいましたが、今回から新たな章「魔法のおなべ」に入っていきます。

前回までは、「交換経済」と「贈与経済」との関係構造を見ていきました。その結論としては、

「プロサンプション活動で獲得した『評価』を金銭価値に(直接的に/間接的に)変換する“各種アプローチ”が発見されれば、交換経済単独で経済をドライブさせる(=純粋な資本主義経済を回す)のではなく、贈与経済をも含めた新しい形で経済をドライブさせることが可能となり、それは即ち人間のより本質的で高次な欲求を満たす経済世界の実現に相当する」

という美しい構造であり、単純労働からの解放を示唆するものでした。そこで、今回からはその具体的な“各種アプローチ”を探っていきたいと思います。

尚、取り上げる「魔法のおなべ」はエリック・レイモンド「伽藍とバザール」「ノウアスフィアの開墾」に続くシリーズ3部作の最後になります。「ノウアスフィアの開墾」までは、オープンソースでプロサンプション活動をする意義/モチベーションやその力学に焦点が当たっていましたが、「魔法のおなべ」では、それらがしっかりと現実の経済世界に根付くものかどうか、を検証しています。

したがって、「魔法のおなべ」には“各種アプローチ”のヒントが詰まっていますし、最近話題のクリス・アンダーソン著『FREE』も検討材料に加えながら、整理していく予定です。

さて、今回はそのまず前説として、最近気になったトピック記事をご紹介します。

全体的にみて、モルガンスタンレーは、経済が回復しつつある良い兆候がたくさんあると見ている、と彼女は言う。通常、経済回復の一番の目安になるのが株式市場であり、たしかにテクノロジー分野にその回復が見られる(Apple参照)。これは朗報だ。なぜなら、今や最も資本が投下されている市場は、金融業界ではなく、テクノロジー業界だからだ。

今われわれは、モバイルウェブによるコンピューターの新しいサイクルに入っている、とMeekerは考えている。AppleiPhone iPod touchがその先陣を切ってトップにいることは間違いない。彼女はモバイルウェブの規模を、従来のデスクトップインターネットの少なくとも10倍と見積もっており、今後さらに加速して成長するだろうと考えている。

ほかに、Wi-FiGPS3GBluetooth等、モバイルウェブを取りまく周辺テクノロジーが急成長していることも指摘している。しかも、そのすべてが「不況下」に急成長を遂げたのである。

TechCrunch「モルガンスタンレーのメアリー・ミーカーが語る:経済は回復の兆し、モバイルは急成長、iPhoneは驚異」(翻訳:Nob Takahashi)より)

・・・この記事はとても興味深いです。なぜなら「経済が、(破綻した)金融ではなく(プロサンプション活動のベースとなる)テクノロジーで再編される」であろうことを示唆しており、それは(今までのテクノロジーよりぐっと身近な)モバイル周辺でドライブし、その規模が従来の10倍という規模になると予測しているからです。

即ち、モバイル環境がより身近で手軽(で無意識的)な大量のプロサンプション活動を引き起こし、それが実経済を強くリードしていくものである、ということを示唆しているように思えます。

では、次回からはその示唆をより具体的にしていくために、“各種アプローチ”を整理していきたいと思います。

カテゴリー: 研究仮説の発表/議論 — 梅田 1:05 PM  コメント (1,264)

【「ノウアスフィアの開墾」研究シリーズ】005…資本主義経済はプロサンプションを含む形で新しい体系へとシフトする可能性

こんにちは。大広の梅田です。

今回はいよいよ、「贈与経済」と「交換経済(≒資本主義経済)」の関係性を見ていきます。

まず、「贈与経済」について復習しておきますと、「自分たちで生み出した余剰財(≒プロサンプション活動の成果物)を互いにシェアし合う経済であり、そのモチベーションは『評価』の獲得(≒承認欲求/評判欲求/自己実現欲求の充足)である」という点を押さえておきます。

 

 

 

※前回まとめた図を多少修正しました。prosumption090826

※尚、「贈与経済」について松岡正剛氏は、

むしろ「新たな評価経済の登場」というふうに捉えたほうがいいだろう。

松岡正剛の千夜千冊 エリック・レイモンド『伽藍とバザール』 1999 光芒社Eric Steven Raymond : Cathedral and the Bazaar 1997以降 山形浩生

と語っていますが、上記のとおり、「評価」は「余剰財の贈与」のレベルを競った結果生じるものであり、松岡氏が指す「新たな評価経済」とはまさに「贈与経済」を違う角度から捉えたものだ(つまり結果的に同じものを指している)と考えています。

 

 

さてそのような、“資本主義経済”とはまるで異なる性質を持つ「贈与経済(新たな評価経済)」はどのように「交換経済(≒資本主義経済)」と絡んでいくのか?という点ですが、それは「霞を食って生きていけるのは仙人だけで、実際にはそんな人間はいない」という事実に注目します。

つまり、上記でリンクした図をご覧いただければ分かりますが、一人ひとりの人間の生活モチベーションにおいて「交換経済」「贈与経済」の両方が関与しています。しかも、「交換経済」が関与するモチベーションの方がより下位なので、まずこちら側の論理で経済はドライブしますし、それが近年の経済成長を支えてきたと考えて差し支えないでしょう。

ただし、それがある一定レベル飽和した段階で、各個人のモチベーションを司る経済は「贈与経済」にシフトしますし、一定レベル満たされた個々が集まった集団が登場し(且つプロサンプション活動を共有できる≒余剰財をシェアしやすいWeb環境が整っ)た近年では、「贈与経済」の論理で経済がドライブし始めています。

このような構造に基づいた実際の現象(=具体的かつ顕著に観察できる世の中の様々なプロサンプション活動)こそ、アルビン・トフラーが1980年『第三の波』で予言した点であり、2006年『富の未来』ではより具体的に実例を挙げながら語った点であり、「贈与経済(トフラーは「非金銭経済」と表現)」は実は「交換経済(同「金銭経済」)」と同等の価値があり且つその価値を金銭価値に変換できる可能性があるという主張の論拠になります。

まさに、未来学者トフラーの大ベストセラーが描いた予言と、LINUXが生み出された力学を鮮やかに描いたレイモンドの主張とが一致しているのです。

そしてその具体的な「変換手段」ですが、それは「『評判』の副作用」であるとレイモンドは繰り返し指摘しています。少し長くなりますが重要なので引用します。

 

オープンソース文化はお金や内的な稀少性経済に類するものは持っていないから、ハッカーたちも物質的な富とあまり似たものを追求していることはあり得ない。

ただし、オープンソース活動で人々がもっと金持ちになれる方法が一つなくはない――そしてそれは、その実際に動機に貴重なヒントを与えてくれるものではある。しばしば、ハッカー文化で人が獲得した評判は実世界でも反映されて、それが経済的に意味をもってくることがある。もっといい仕事が得られるとか、コンサルタント契約が手に入るとか、あるいは本の執筆依頼がくるとか。

でもこの種の副作用は、よくいってもまれだし、ほとんどのハッカーにとっては副次的なものでしかない。唯一の説明として説得力を持つには、多くのハッカーにはあまりに縁遠いものだ。それにハッカーたちはなんども、自分たちは金のためにやってるんじゃない、理想と愛のためにやってるんだ、と主張している。まあこれは割り引いてきくにしても。

でも、こういう経済的な副作用が処理されるやり方は検討する価値がある。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 5 ロックと土地所有権 より)

もし贈与経済が交換経済や上意下達方式と接触していたり混じり合ったりしていた場合にも、評判がそっちに持ち越されて、もっと高い地位を得る役にたつかもしれない。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 8 評判のさまざまな相貌 より)

ノウアスフィアの開墾からの収益はわかった。それはハッカーの贈与文化における仲間内の評判だ。そしてそれにともなう二次的なメリットや副作用もついてくる。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 9 所有権と評判によるインセンティブ より) 

・・・ということで、「交換経済」と「贈与経済」との関係構造が見えてきました。それは「プロサンプション活動で獲得した『評価』を金銭価値に(直接的に/間接的に)変換する“各種アプローチ”が発見されれば、交換経済単独で経済をドライブさせる(純粋な資本主義経済を回す)のではなく、贈与経済をも含めた新しい形で経済をドライブさせることが可能となり、それは即ち人間のより本質的で高次な欲求を満たす経済世界の実現に相当する」という美しい構造です。ざっくりと表現し直すと、「いやいや働くのではなく(≒食うためだけの労働ではなく)モチベーションに沿った形での労働(その一部や大半、あるいは全てはプロサンプション活動)により対価を獲得できるスキーム」というようにも言えるかと思います。

今回は以上になりますが、今回の考察はこのブログで最も重要な点になると思います。今後はこの“各種アプローチ”を具体的にしていく(且つ具体的なビジネススキームの話しに入っていく)方針で書いてみようと思っています。

カテゴリー: 研究仮説の発表/議論 — 梅田 10:43 AM  コメント (2,595)

【「ノウアスフィアの開墾」研究シリーズ】004…プロサンプション活動のモチベーション構造

こんにちは。大広の梅田です。

前々回の「プロサンプション活動を起こす文化/土壌について」、前回の「ソーシャルメディアユーザーのカテゴリー」に引き続いて、今回は、「プロサンプション活動のモチベーション構造」について考察を続けていきます。

前々回に、「評判を得ることが、プロサンプション活動のモチベーションになる」と書きましたが、そのモチベーションを詳細に見ていくと、次のような段階があります。

「安定欲求(生存に必要であり不足する可能性があるモノを確保して安定的に生活したい)」⇒「承認欲求(ある集団に属していることを認めてもらいたい)」⇒「評判欲求(ある集団にとって価値のある存在として尊敬されたい)」⇒「自己実現欲求(ある集団で一定のポジションを得た上で自分の能力を発揮し成長したい)」

この段階と、前回引用した「ソーシャルメディアユーザーのカテゴリー」などを、プロサンプション活動のモチベーション構造として整理してみたのが、次の図です。

prosumption090804

ここで注意したいのは、(このブログにおいて繰り返しの指摘になりますが)プロサンプション活動はあくまでもインターネット内に限った活動ではない、ということです。その遥か以前からプロサンプション活動は存在していました。家族や会社などの社会的集団において、それらの現象は容易に確認できるでしょう。

しかし、この図を整理した上で注目したいのは、社会/経済の成熟とインターネットの普及により、「過剰財/贈与経済」の領域(横に引いた長鎖線より上の領域)が急速に拡大している(であろう)ということです。前回書いたとおり、

そして、この6つのカテゴリーそれぞれのボリュームがどのように推移しているか、という調査結果が出ているのですが、「inactives(活動しない人)」以外の5カテゴリーがいずれも増えています。

ということも連動しており、既存ビジネスが見逃せなくなってきたのはまず間違いないと考えています。

さて次回はいよいよ、「(非金銭経済圏で)獲得した評判」と「希少財/交換経済(=金銭経済圏)」との関係性に触れていきます。

※今回の考察は「ノウアスフィアの開墾」7 ハッキングのよろこび自己実現理論を参考としました。

カテゴリー: 研究仮説の発表/議論 — 梅田 11:25 AM  コメント (8)

【「ノウアスフィアの開墾」研究シリーズ】003…過剰財を贈与して評判を得るという経済文化がプロサンプション活動を促進する

こんにちは。大広の梅田です。

それでは今回は、「プロサンプション活動を起こす文化/土壌について」(中央集権的な存在の有無による違い)に触れていきます。

尚、議論の前提ですが、

人間は、社会的地位のために競争しようという生まれながらの衝動がある。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 6 贈与経済としてのハッカー文化 より)

ということを常に念頭に置いていきます。そして、「中央集権の有無」によって、その競争ゲームのルールが全く変わってくることを整理していきます。

 

まず、「中央集権アリ」の場合です。この“中央集権”は「希少財」を牛耳るものと(ここでは)定義します。言い換えると「希少財だからこそ“中央集権”の存在意義がある」ということです。

この「中央集権システム」は2つの経済ルール(であり社会的地位の競争ルール)が組み合わさって成り立っています。

1つ目は「上意下達方式」ですが、ここでは2つ目と揃える意味で「配給経済」と言い直しておきます。この「配給経済」は希少財を1つの中央権力が牛耳っている状態です。ただしこの経済は規模が大きくなると非効率になるため、より大きな2つ目の経済ルールに“寄生”する存在(例えば政府、軍、ギャング集団など)となります。

そして、その2つ目が「交換経済」です(いわゆる市場資本主義経済と言ってもいいかも知れません)。この「交換経済」は希少財を「交換する者の自発的な協力」によって配分していきます。つまりこの「『交換する者の自発的な協力』に任せるというルール」自体が“中央集権”となります。そしてこの巨大な「交換経済」に「配給経済」が寄生(交換経済と配給経済それぞれの有力者が癒着している状態)した総体が、上記の「中央集権システム」の全体像であり、「希少財」をコントロールしています。

 

さて次に、「中央集権ナシ」の場合です。この場合の人々がやりとりする対象は「希少財」ではなく「過剰財」です。ここが一番のポイントで、つまり「過剰財」ではもはや“中央集権”の存在意義がなくなってしまいます。ですので、むしろ「『過剰財』を扱う経済ゲームにおいては“中央集権”というプレイヤーは(機能しないので)退場せざるを得ない」と言った方が分かりやすいかも知れません。

この「過剰財」ですが、「生存に必要だが不足することがない財」であり、これを扱う経済ゲームが「贈与文化」です。ここでは「贈与経済」と言い直しておきます。

「贈与経済」は文字通り、財を他者に贈与する経済ゲームであり、ゲームの目的はもちろん社会的地位獲得ですが、その競争軸が「評判」となります。つまり、どれだけ価値のあるものを贈与できるかどうかで、周囲から獲得できる評判のレベルが変わってくる、ということですね。

 

まとめると、中央集権が意味を成さない「過剰財」を扱うフィールドにおいて社会的地位を争う経済ゲームは、「贈与経済」であり「評判ゲーム」である、そして、その評判を獲得することがモチベーションとなり、プロサンプション活動(=消費者が生産的価値を贈与する活動)が起こる、ということになります。

次回も、この流れに沿って、「そのような評判を獲得するモチベーションの構造」についてもう少し詳しく見ていきます。

 

※今回の考察は以下の引用箇所を参考としました。今回は逐次抜粋箇所を提示すると分かりづらくなると判断したので、まとめた形で参考箇所を提示いたします。

人間が持つ組織化のほとんどの方法は、希少性と欲求に対する適応行動だ。それぞれの方法は、社会的地位を獲得する別々の手段を持っている。

一番簡単な方法は 上意下達方式(command hierarchy)だ。上意下達方式では、稀少な財の配分は一つの中央権力が行って、それが軍事力でバックアップされる。上意下達方式は、規模の変化への適応力(スケーラビリティ)がものすごくとぼしい。大きくなるにつれて、ますます横暴で非効率になってゆく。このため、大家族以上の上意下達方式はほぼかならずといっていいほど、別のかたちのもっと大きな経済に寄生する存在でしかない。上意下達方式では、社会的地位はおもに恐喝力へのアクセス能力によって決まってくる。

ぼくたちの社会はもっぱら交換経済だ。これは財の希少性に対する洗練された適応方式で、規模の変化にもよく適応する。稀少な財の配分は、交換と自発的な協力によって非中心的に行われる(そして実は、競争の欲望がもたらす最大の効果は協力行動を生み出すことだ)。交換経済では、社会的地位はおもにもの(必ずしも物質的なものとは限らない)のコントロールの大小で決まる。

ほとんどの人は、この二つについては説明されるまでもなく精神的なモデルを持っているし、それらがどう相互に機能するかもわかっている。政府や軍、ギャング集団などは、ぼくたちが「自由市場」とよぶもっと大きな交換経済に寄生している上意下達システムだ。しかしながら、このどちらともまったくちがっていて、人類学者たち以外はあまり認知されていない第三のモデルがあるんだ。これが贈与の文化だ。

贈与文化は、希少性ではなく過剰への適応だ。それは生存に不可欠な財について、物質的な欠乏があまり起きない社会で生じる。穏和な気候と豊富な食料を持った経済圏の原住民の間には、贈与経済が見られる。ぼくたち自身の社会でも、一部の層では観察される。たとえばショービジネスや大金持ちの間でだ。

過剰は上意下達関係を維持困難にして、交換による関係をほとんど無意味なゲームにしてしまう。贈与の文化では、社会的なステータスはその人がなにをコントロールしているかではなく、その人がなにをあげてしまうかで決まる。

(中略)そしてハッカーたちは、長時間の労力をそそいで、高品質のオープンソース・ソフトをつくる。

というのも、こうして検討すると、オープンソース・ハッカーたちの社会がまさに贈与文化であるのは明らかだからだ。そのなかでは「生存に関わる必需品」――つまりディスク領域、ネットワーク帯域、計算能力など――が深刻に不足するようなことはない。ソフトは自由に共有される。この豊富さが産み出すのは、競争的な成功の尺度として唯一ありえるのが仲間内の評判だという状況だ。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 6 贈与経済としてのハッカー文化 より)

カテゴリー: 研究仮説の発表/議論 — 梅田 11:13 AM  コメント (2,571)

【「ノウアスフィアの開墾」研究シリーズ】002…オープンソースの土地争いのルールは中世から変わらない

こんにちは。大広の梅田です。

今回は具体的に、「ロックの所有論」と「ハッカーによるオープンソース・プロジェクトの所有権」との類似性についてまとめてみます。

土地、それが「実際の土地」であれ「仮想の知的空間」であれ、所有権(前者であれば土地の所有権であり、後者であれば知的空間を開墾するプロジェクトのリーダー権、ソフトウェア領域で噛み砕くと「変更したバージョンを公式に再配布する独占的な権利をコミュニティ全般から認められている」状態)を獲得するためには、3つの方法があります。

 

1. 未開の地に踏み込む。

※「ロックの所有論」

未開の地(フロンティア)には、これまで所有者のいなかった土地がある。そこでは人は、開墾(homesteading)することで所有権を獲得できる。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 5 ロックと土地所有権 より)

※「ハッカーによるオープンソース・プロジェクトの所有権」

第一の方法はいちばん自明だろうけれど、プロジェクトを創始することだ。プロジェクトの開始以来、管理者が一人しかいなくて、その管理者が活動を続けているなら、ハッカー慣習はそのプロジェクトをだれが所有しているのかについて疑問視することすら許さない。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 4 所有権とオープンソース より)

2. 土地を引き継ぐ。(引き継ぎ状況は閲覧可)

※「ロックの所有論」

入植済みの地域での土地移譲は、ふつうは土地所有権の移転によって行われる。これはつまり、前の所有者から証書を受け取ることだ。この理論に基づけば、所有権の連鎖という概念が重要になる。所有権の証明として理想的なのは、証書とその移転の連鎖が、その土地のそもそもの開墾時点にまでさかのぼれることだ。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 5 ロックと土地所有権 より)

※「ハッカーによるオープンソース・プロジェクトの所有権」

プロジェクトの所有権を獲得する第二の方法は、前の所有者からそれを引き継ぐことだ(いわゆる「バトンタッチ」)。プロジェクトの所有者は開発や保守作業に必要な時間を割けなかったり割く気がなかったりするときには、有能な後継者にプロジェクトを引き継ぐ義務がある。これはこのコミュニティではよく理解されている。(中略)プロジェクトの配布パッケージの中に変更履歴を含めておいて、そこで所有者の変化を明記しておけばふつうは十分だ。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 4 所有権とオープンソース より)

3. 所有放棄された土地の所有を宣言する。

※「ロックの所有論」

最後に、慣習法理論は土地の所有権が失われたり放棄されたりすることがあるのを認識している(たとえば所有者が相続人なしに死んだり、空き地に対する所有権の連鎖を確立するための記録が失われていたりする場合)。このようにして遺棄された土地は、占拠によって所有権の主張を行える

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 5 ロックと土地所有権 より)

※「ハッカーによるオープンソース・プロジェクトの所有権」

所有権を獲得する第三の方法は、そのソフトに作業が必要だとみてとって、しかももとの所有者が消えたか興味を失ったかしたときだ。もしこれをやるなら、所有者を見つけようとするのがきみの責任だ。それがうまくいかなければ、しかるべき関係した場所(たとえばそのアプリケーション分野専門のUsenetニュースグループなんか)でそのプロジェクトがどうも放棄されたらしくて、だから引き継ごうと思うんだけど、と宣言することになる。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 4 所有権とオープンソース より)

 

さて、この3つの方法ですが、ポイントは、この方法自体というよりはむしろこの方法が成り立つ条件にあります。それは、

「中央集権的な強制力を発揮する権威が存在しない」

ということです。

この理論はハッカーの慣習と同じように、中央権力が弱いか存在しないような場面で有機的に発達してきた。それは千年以上もかけて、ノルウェイやドイツの部族法から発展してきたものだ。それを近代の初期に体系化して合理化したのがイギリスの政治哲学者ジョン・ロックだったので、これはよく所有物の「ロック」理論と呼ばれる。

論理的によく似た理論は、ある物件が経済的または生存上で高い価値を持っていて、しかも稀少財の配分について、中央集権的に強制するだけの力を持った単一の権威が存在しないところでは必ず生じるようだ。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 5 ロックと土地所有権 より)

さて、次回はこのような(いわばフラットな)環境は具体的にはどういう状態なのか?(現状の社会との違いや位置づけはどのようなものか?)ということを明確にすることで、まずはモチベーションの力学を把握するための土壌を理解してみようと思います。

カテゴリー: 研究仮説の発表/議論 — 梅田 11:09 AM  コメント (985)

【「ノウアスフィアの開墾」研究シリーズ】001…論文のタイトルが示唆する内容

こんにちは。大広の梅田です。

それでは早速、『ノウアスフィアの開墾』論文を読んでいきます。

まず、論文タイトルの意味ですが、「ノウアスフィア」は哲学の専門用語で「人間の知的思考(アイデア)の集合空間」を意味します。

この論文の題名に出てくる「ノウアスフィア(noosphere)」というのはアイデア(観念)の領域であり、あらゆる可能な思考の空間だ。ハッカーの所有権慣習に暗黙に含まれているのは、ノウアスフィアの部分集合の一つであるすべてのプログラムを包含する空間での、所有権に関するロック理論なんだ。だからこの論文は「ノウアスフィアの開墾」と名付けた。

Eric S. Raymond 著 山形浩生 YAMAGATA Hiroo 「ノウアスフィアの開墾」 5 ロックと土地所有権 より)

というわけで、「広大なアイデアの未開の地がどのようなルールやモチベーションに基づいて、どのように開拓/開墾されていくか」を論じたものなので、「ノウアスフィアの開墾」というタイトルがついています。かっこいいタイトルですよね。

また、この「広大なアイデア空間」を「土地」になぞらえた意図は、内容にも密接に絡んでいます。具体的には、『社会契約論』で有名なロックの所有論と、オープンソース空間をプログラマー/ハッカーがどのように所有していくかというルールとが、極めて似ている、という点です。

まずは、その辺りについて、次回以降で具体的に見ていきます。

 

※タイトルはやっぱり【「伽藍とバザール」研究シリーズ】から【「ノウアスフィアの開墾」研究シリーズ】に変えました。(シリーズ3部作の論文ですが、内容の違いが明確ですので。)

カテゴリー: 研究仮説の発表/議論 — 梅田 4:40 PM  コメント (1,289)